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 水戸藩の藩校「弘道館」の系譜に連なる本校(校長・大窪範光)は1927(昭和2)年に創立。以後82年の歴史の中で2万9千余の有為な人材を世に送り出すとともに、95年からは6年一貫男女共学制に移行した。建学の精神「報恩感謝」の理念を基本に21世紀をリードする「人づくりの学び舎」で過ごした卒業生たちに魅力あふれる学園生活や本校の未来について語ってもらった。(聞き手は磯﨑満広報委員長)

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4人の集合写真

                          左から 山中 ・ 新妻 ・ 関根 ・ 崎野

磯﨑 はじめに、茨城中学校、茨城高等学校の思い出をお聞かせください。

崎野

私は、中学、高校ともに野球部に所属していて部活中心の生活でしたから、野球部の思い出が一番大きいです。特に高校野球部のときには毎日の練習や試合、そして、先生に「もう帰れ」と言われるまでグラウンドで自主練習をしていました。先生方の熱心なご指導と、野球部で培った精神力、仲間たちのおかげで今のわたしがあります。

磯﨑 新妻さんは、他の中学から茨高に入学された「高入生」ですが、「一貫生」が多い中でどうでしたか。

新妻

特に抵抗はありませんでしたが、1年、2年は高入生と一貫生はクラスが分かれているので一緒に授業を受けたり遊ぶ機会がなくて、それは少し寂しかったかなと思います。3年生になって一緒のクラスになり「ようやく一緒になれた」という感じでした。共学2期生だったこともあって女子の数が少なくて、だからこそみんなで仲良くやれて、良かったと思います。

山中 大きな行事よりも普段の学校生活の思い出が深いです。通学の常磐線の中で仲間と話をしたりテスト前の勉強をしていたことを思い出します。勉強に対するモチベーションが高かったなという印象が残っています。文化祭なども準備期間が楽しかった。受験勉強に限らず、いろいろなことに対して意欲ある友達が多かったですね。担当教科について熱く語ってくれる先生が多くて、中学では興味を持たせてくれるような授業をしていただきました。

関根

やはり私も、普段、友達とどう過ごしたかが思い出に残っていて、受験勉強は一人では乗り切れなかったなと思うくらい、友達と一緒に放課後に学校に残っていました。いまでも、中、高時代の友達と会うと、久しぶりという感じがしなくて、別れるときも、また明日も会うような感じで別れます。勉強に関しては、公立中学とは教科書の使い方とかカリキュラムが全然違います。「テーマ別課外」というのがあって、先生方が普段の授業ではしない話などをしてくれて、知的好奇心を刺激されたのが良かった。楽しかったです。

磯﨑 卒業してみてわかった茨中・茨高の良さはどういう点ですか?

新妻

卒業間もない頃は、夏休みに帰ってくると、よく茨高に遊びに来ていました。そのときに、先生が私の顔と名前を覚えていて「おかえり」と言ってくれて、卒業しても温かく迎えてくれる先生方がいることがすごくうれしかったです。昔の話ができたり、いまの状況が聞けたり、そういうことが楽しいなと思っています。

関根

私は図書委員をやっていたので図書館に入り浸っていたのですが、茨中・茨高の図書館は、蔵書のバリエーションが豊かで、中学生、高校生、教職員も楽しめるような内容がそろっていて、すごいです。進路指導室も、たくさんの参考書や資料が借りられて、いい環境にあったんだなと思っています。卒業して初めてわかったことです。

山中

一つには、いい同級生に恵まれたことです。6年間の付き合いの中で近づいたり離れたりはありますが、友達がその時期をどう過ごして、どう成長できたかを見ていて、自分も見てもらっている。その上で付き合うから友人が活躍しているのを見ると素直に喜べます。先生のこともよくわかるということがあって、中学からだから、例えば高校生になったときに自分と話が合う先生がわかってきて、困ったことがあったら相談しようというような先生との関係ができる学校です。

磯崎 皆さんは、大学院で勉強している方、仕事をしている方、これから仕事の場に入る方とさまざまですが、自分の現在の生活、キャリアに学校生活はどういう良い影響をもたらしましたか。

新妻

今の仕事と直結はしないけれども、自分の性格の形成において高校生活はとてもいい環境だったと思います。茨高時代、自由に活動させてもらえたので、恐れずに何かにチャレンジする積極性は大学生活、社会生活においても生きていると思います。私は推薦で大学受験をしたので、茨高に入ってよかったと思っています。先生方が親身になってサポートしてくださって、塾に行かなくても受験勉強をさせてもらえる環境にあった。それがとても印象に残っています。

磯崎 山中さんは現在、数学を研究しているけれども、それは茨中・茨高の6年間と関係がありますか。
山中 特に中学1年生の時に勉強することのおもしろさを感じさせていただいて、それが今の道を選んだベースになっています。受験に当たっても学校側のサポート体制、特に先生方が熱心で、大学別の模試をオリジナルでつくってくださって、普通の授業が終わった後に3時間、4時間かけて付き合ってくれて採点とか講評もやってくださった。現在の道筋をつけてくれたのが、茨中・茨高の6年間です。
 

 

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磯崎 関根さんは現在、本校の教員をしているわけですが、茨中・茨高の6年間の影響はありますか。
関根 それまでも教員志望はうっすらとあったのですが、茨中・茨高の先生方の姿勢、一生懸命さにひかれて「茨中・茨高の先生になっても、自分も、先生から受け影響を何かしら伝えられたらいいな」という思いを抱きました。自分の好きな科目だけでなく、苦手で点数が取れない科目でも考えることの面白さを得られました。
崎野 僕の場合はやっぱり野球で(笑)、叱られながら強くなるみたいな感じでした。厳しかったけれど、礼儀や規律、粘り強さが身について、あの時の経験が精神的な強さにつながっていると思います。
新妻 部活って熱いですね。私もやっておけばよかった。でも、そしたら私は、大学へ入れなかったかな(笑)。
崎野 ぼくの場合、野球で一生懸命やっていたから、そのエネルギーを次は勉強で頑張ろうと切り替えることができました。野球部員時代は、テスト前しか勉強はやっていませんでしたが、部活を引退した後の勉強量は他の人に負けていなかったと思います。
磯崎 建学の精神「報恩感謝」は現在の生活にどのように生きていますか。
関根 立ち止まって自分を見つめなおすとき、「報恩感謝」という言葉が出てきます。自分がここまで来れたのは一人の力ではない、友達、先生、親がいるから自分はここにいられるのだ、そう考えると命はもちろん、いろいろなことを粗末にはできない。衆生の恩というか、謙虚になり、自分に対しても真摯でありたちという理念が培われました。
新妻 「ありがとう」と言葉で表現することはとても大切です。在校当時は「報恩感謝」の理念をあまり意識しなかったけれど、若いうちに当たり前のこととして身についていれば社会に出た時でも役立つから、とても大切なことを掲げていたんだなと気づきました。
崎野 支えてくれる学校、先生方、家族、仲間たちがいるから野球ができるんだという謙虚な心が「報恩感謝」につながっていて、深い意味の言葉だと思いました。これからの人生も「報恩感謝」の理念を持って社会貢献していくことができればと思います。
磯崎 どういう学校であり続けてほしいですか。
崎野 社会の中心を担っていくような優秀な卒業生を輩出してほしい。いろいろな可能性を伸ばしていける学校であってほしいと思います。
関根 自分がこの学校で当たり前のことを当たり前のように教わってきて、それが現在でも生きているので、そういうことを伝えたいと考えています。進学校だけれども勉強だけではなくて人間性を養える学校であってほしい。いろいろな物事に対して考えることができて、それが楽しいと思える、そんな影響を与える学校でありたい。
新妻 校舎が新しく変わるし、新しい教育を取り入れる部分もあると思うけれども、古くていいものは残してほしい。私が伸ばしてもらえたように、「個」を伸ばせる環境を残してほしい。男子も女子も雑草的なパワーを持ち打たれ強い、そんな人がどんどん出る活気あふれる学校でいてください。
山中 同級生が集まると、「茨高は最近どうかな」「あの先生は元気かな」「会いに行きたいね」という話が自然に出てきて、それはやはり茨高での生活が充実して楽しかったと実感しているからだと思います。毎年の卒業生がそう思えるように続いていってくれるといい。今、いい学校と思っているので、今のままで続いていってほしい。
磯崎 本日はありがとうございました。

【卒業生4人の横顔】

山中 卓 さん

[ やまなか ・ すぐる ]

(2002年卒業・一貫生)

   東京大学大学院

情報理工学系研究科博士課程2年

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sekine

関根 英子 さん

[ せきね ・ えいこ ]

(2003年卒業・一貫生)

       京都大学大学院

文学研究科東洋史学専修修了

茨城高等学校・茨城中学校 地歴科教諭

新妻 清加 さん

[ にいつま ・ さやか ]

(2002年卒業・高入生)

上智大学文学部英文科卒業

法律事務所勤務

niituma
sakino

崎野 照平 さん

[ さきの ・ しょうへい ]

(2006年卒業・一貫生)

東北大学経済学部経営学科4年

 

≪あとがき≫

個性的生徒支える先生、授業、施設

 茨城高等学校、茨城中学校の校風を「多様性」というキーワードを基にお話ししましょう。まず本校の先生と生徒の関係は、非常に親しいものがあります。一人ひとりの生徒を平等にきめ細かく指導することで、師弟の礼を失しない範囲で交流が深まるからです。卒業生の多くが卒業後も母校を訪ね先生方との旧交を温め、懐かしい場所と感じてくれるのは、青年期という微妙な時期において、真摯な指導を通して生徒自身が大事にされていたと実感するからではないでしょうか。

 個性的な先生方は学問の魅力、奥深さを生徒たちに語り、生徒たちは学ぶ楽しさを知ります。そして、他者を理解し、尊び、他者に寛容な精神をはぐくんで巣立ちます。多元的、文化相対主義下の日本や世界で活躍できる多才な人材を本校が輩出するゆえんです。人づくりの学び舎として建学の精神「報恩感謝」は創立82年の歴史の中で益々輝きを増しています。

 本校の特長は抜群の国公立大学現役合格率にも表れています。本年の卒業生275人中、104人が国公立大学に合格し、現役合格率38%でした。特に筑波大合格者17人中16人、東北大合格者14人中13人が現役だったことは特筆に値します。難関私大(早慶上智東京理科・MARCH)にのべ165人が現役合格を果たしたのも立派でした。充実した授業、豊富で多様な課外の設定、それに応えた意欲的生徒の存在がもたらした成果といえるでしょう。

本校では高校校舎棟の耐震化改築工事が進行中です。2009年6月に理科実験棟を含めた一部校舎が完成し、高校1年生と高校3年生が新しい校舎で学んでいます。特に理科実験棟はこれまでの実験教育をより充実させ得る教室となって完成しました。その結果、理系に興味を抱く生徒が多く育ちつつあります。新しい校舎の内部は木造校舎そのもので柔らかさ、暖かさに包まれています。心身両面に最もよい環境となる新校舎は2011年3月、完成予定です。

(広報委員長  磯﨑 満)

【今回掲載にあたって使用した文章・写真はすべて茨城新聞社提供によるものです】

◎茨城新聞記事[10/1(木)8面]PDFファイル